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家づくりにおいても顕著に現れてしまう

2011.10.21

「夫」あるいは「父親」という存在に対する、独特の美学や思い込みである。「父親は、母と子が平和に生活するための応援団であるべきだ」どうも世の夫たちは、そんなふうに考えているような気がする。子どもの運動会の風景を思い出していただきたい。子どもたちが一生懸命に走る。母親が声援を送る。父親はひたすらビデオカメラを回す。今や、これがごく一般的な運動会の風景だ。「オレはビデオを回していればいいんだ」それか自分の役割だと思い込んでしまっている。

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最近、幼稚園で母親が子どもの友だちを殺害するという悲惨な事件が起きた。あの事件は、どの母親にとっても他人事ではない。幼稚園の送り迎えや母親同士のつき合いから始まって、小学校のPTA、子どもの塾通い、習いごと、進学。すべてが母親の判断と責任の範囲内で行われている。父親はときどき報告を聞くだけだ。「あの子が今度、発表会の主役になったのよ」「どこどこの中学に入れそうだって先生がおっしゃってたわ」報告する母親だって、うれしそうではないか。父親自身、自分の家庭にとっては、それがいちばん平和な構図なのだと思い込んでいる。ちょっとした「オーナー気分」もある。そうした姿勢が、家づくりにおいても顕著に現れてしまうのだ。





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